今日、薬師寺を観にいった。
約束の時間より随分早くついたのに、レディーは既に来ていた。
薬師寺に誘われた理由が何か分からないわたしだけど、レディーの意気込みを感じた。
すぐに拝観料を払い、境内を見てまわった。
レディーはずっと、東塔と西塔だけを遠くから見たり、近くから見たり・・・。
わたしもレディーの後を付いて、同じように見てまわった。
レディーはいったい何を見ているのだろう? と思いながら。
西塔は、25年ほど前に再建されたそうで、とても色鮮やかで、屋根もピンとはねている。
青空を背景に、赤や緑、白といった色がとてもきれいだった。
それに比べて、1300年前の薬師寺創建当時から建っている東塔は、やや古ぼけた感じで、屋根もしなだれている感じがした。
まあ、歴史があるというのはこういうことなんだろうな、なんて、その時のわたしは思った。
レディーといえば、何も言わず、ただ、二つの塔を見て歩き続けるばかりだった。
2時間ほどして、納得がいったのか、
「のどが渇いたわね。」
とレディーが言ったので、薬師寺を出た。
少し疲れたわたしは、喫茶店にでも入れるのかと期待していたら、今度は自転車で薬師寺の周りを回り始めた。
こんなことなら、もっと日焼け止めを塗ってきたらよかったわ、なんて思いながら・・・。
近づいたり、遠ざかったりを繰り返すうちに、遠くに薬師寺の全景が見える小高い場所にたどり着いた。
途中、コンビニでお茶とおにぎりを買って、草むらのなかの石に腰を下ろした。
暑い日だったので、風が心地よかった。
そうしてまたしばらく薬師寺を眺めた後、レディーが質問してきた。
「ねえ、東塔と西塔を見てどう思う?」
真意が分からないから、どう答えていいか分からなかった。
ただ、
「東塔は歴史を感じるし、西塔は色鮮やかでとてもきれい。」
しばらくして、またレディーが聞いてくる。
「最近まで、西塔はなかったの。東塔だけだったの。ねえ、東塔だけのときと、東塔と西塔の両方があるのと、ラビはどちらが好き?」
相変わらず、レディーが何を言いたいのか分からないまま、わたしは答えた。
「東塔だけだと淋しいんじゃないのかな、東塔が。だから両方あるほうがいいんじゃないのかな。それに西塔がある方が華やかだし。参拝者も増えたんじゃないかな。」
そうしたら、レディーは
「そうね。そうかもしれないわね。」
と言って、またしばらくじっと見だした。
レディーがじっと見ているものだから、わたしも二つの塔を見続けるしかない。
おしっこをしたくなってきたんだけど、そんなことをいえる雰囲気でもなかった。
それで、仕方なくじっと見続けるうちに、ふとあることに気がついた。
東塔と西塔が、恐ろしく不釣合いだということに。
すると、色鮮やかで美しく見えた西塔が安っぽく見えてきた。
逆に、東塔の落ち着きぶりに、存在感を感じてきた。
そしてふと、彼ならどう感じるだろうと思った。
そのとき、突然にレディーの真意がわかった。
確信を持って分かった。
乳がんの手術でなくした乳房を再建しようかどうか、迷っているのだ、と。
東塔が今ある乳房、そして西塔が新しい乳房。
なんて、トンチンカンな答えを言ってきたんだろう。
自分が言った言葉を反芻しながら、激しく後悔した。
ただ、やはりどう答えていいのかはわからないし、真意に気付いたことを言っていいのかどうかさえもわからなかった。
そこで、さりげない調子でレディーに逆に聞いた。
「たぬぽんならどう思うかな?」
すると、レディーは
「そんなの決まっているじゃない。東塔だけの方がいい、って言うに決まっているわよ。だって彼は、自然のまま、あるがまま、が一番いいって絶対に信じているもの。」
そうだね、彼の答えは決まっているよね。
そこで、探るようにわたしは言った。
「じゃあ、答えは決まっているんじゃない?」
って。
ただ、そのときは、レディーは薬師寺を見つめたまま何も答えなかった。
どうしても、おしっこを我慢できなくなって、
レディーにそのことを伝えると、
「そこですれば。」
と言われた。
えっ、と思ったら、にっこりして
「うそうそ。どこかで休みましょう。」
と言って立ち上がった。
びっくりするな〜と思いながら、わたしも立とうとすると、
レディーが遠くを見つめてこうつぶやいた。
「でもね、ラビ。彼は側にいないのよ。あるがままでいいんだよ、って言ってくれる彼は側にいないのよ。」
そう、彼は側にいない。
レディーの彼氏さんはどう言っているのか、聞きたかったが、聞きそびれた。
わたしだったら、どうするだろう?
わたしの場合、見せる相手がいないけど、
でも、相手がいたとしたら・・・、
新しい乳房ばかり褒められたら嫌だな、って思った。
帰りに落ち着いた佇まいの喫茶店に入った。
トイレを済ませてやっと人心地。
ケーキはモンブランを注文して、シナモンティーでいただいた。
とても美味しいケーキだった。
美味しいケーキ作りは、うちのお店の一番の課題だ。
帰り際に、レディーが
「今日はつき合わせてごめんね。」
と言った。
わたしが、
「何にも力になれなくて・・・」
と言うと、
「そんなことないわよ。決めたわ。やっぱり東塔だけの方がいいと思うの。ありがとうね。」
帰りの電車の中で、まだ見たことのないレディーの乳房のない胸を想った。
そして、彼を想った。
きっと彼なら、残った乳房よりも、乳房のない胸の傷跡の方にたくさんキスをするだろう、と。
約束の時間より随分早くついたのに、レディーは既に来ていた。
薬師寺に誘われた理由が何か分からないわたしだけど、レディーの意気込みを感じた。
すぐに拝観料を払い、境内を見てまわった。
レディーはずっと、東塔と西塔だけを遠くから見たり、近くから見たり・・・。
わたしもレディーの後を付いて、同じように見てまわった。
レディーはいったい何を見ているのだろう? と思いながら。
西塔は、25年ほど前に再建されたそうで、とても色鮮やかで、屋根もピンとはねている。
青空を背景に、赤や緑、白といった色がとてもきれいだった。
それに比べて、1300年前の薬師寺創建当時から建っている東塔は、やや古ぼけた感じで、屋根もしなだれている感じがした。
まあ、歴史があるというのはこういうことなんだろうな、なんて、その時のわたしは思った。
レディーといえば、何も言わず、ただ、二つの塔を見て歩き続けるばかりだった。
2時間ほどして、納得がいったのか、
「のどが渇いたわね。」
とレディーが言ったので、薬師寺を出た。
少し疲れたわたしは、喫茶店にでも入れるのかと期待していたら、今度は自転車で薬師寺の周りを回り始めた。
こんなことなら、もっと日焼け止めを塗ってきたらよかったわ、なんて思いながら・・・。
近づいたり、遠ざかったりを繰り返すうちに、遠くに薬師寺の全景が見える小高い場所にたどり着いた。
途中、コンビニでお茶とおにぎりを買って、草むらのなかの石に腰を下ろした。
暑い日だったので、風が心地よかった。
そうしてまたしばらく薬師寺を眺めた後、レディーが質問してきた。
「ねえ、東塔と西塔を見てどう思う?」
真意が分からないから、どう答えていいか分からなかった。
ただ、
「東塔は歴史を感じるし、西塔は色鮮やかでとてもきれい。」
しばらくして、またレディーが聞いてくる。
「最近まで、西塔はなかったの。東塔だけだったの。ねえ、東塔だけのときと、東塔と西塔の両方があるのと、ラビはどちらが好き?」
相変わらず、レディーが何を言いたいのか分からないまま、わたしは答えた。
「東塔だけだと淋しいんじゃないのかな、東塔が。だから両方あるほうがいいんじゃないのかな。それに西塔がある方が華やかだし。参拝者も増えたんじゃないかな。」
そうしたら、レディーは
「そうね。そうかもしれないわね。」
と言って、またしばらくじっと見だした。
レディーがじっと見ているものだから、わたしも二つの塔を見続けるしかない。
おしっこをしたくなってきたんだけど、そんなことをいえる雰囲気でもなかった。
それで、仕方なくじっと見続けるうちに、ふとあることに気がついた。
東塔と西塔が、恐ろしく不釣合いだということに。
すると、色鮮やかで美しく見えた西塔が安っぽく見えてきた。
逆に、東塔の落ち着きぶりに、存在感を感じてきた。
そしてふと、彼ならどう感じるだろうと思った。
そのとき、突然にレディーの真意がわかった。
確信を持って分かった。
乳がんの手術でなくした乳房を再建しようかどうか、迷っているのだ、と。
東塔が今ある乳房、そして西塔が新しい乳房。
なんて、トンチンカンな答えを言ってきたんだろう。
自分が言った言葉を反芻しながら、激しく後悔した。
ただ、やはりどう答えていいのかはわからないし、真意に気付いたことを言っていいのかどうかさえもわからなかった。
そこで、さりげない調子でレディーに逆に聞いた。
「たぬぽんならどう思うかな?」
すると、レディーは
「そんなの決まっているじゃない。東塔だけの方がいい、って言うに決まっているわよ。だって彼は、自然のまま、あるがまま、が一番いいって絶対に信じているもの。」
そうだね、彼の答えは決まっているよね。
そこで、探るようにわたしは言った。
「じゃあ、答えは決まっているんじゃない?」
って。
ただ、そのときは、レディーは薬師寺を見つめたまま何も答えなかった。
どうしても、おしっこを我慢できなくなって、
レディーにそのことを伝えると、
「そこですれば。」
と言われた。
えっ、と思ったら、にっこりして
「うそうそ。どこかで休みましょう。」
と言って立ち上がった。
びっくりするな〜と思いながら、わたしも立とうとすると、
レディーが遠くを見つめてこうつぶやいた。
「でもね、ラビ。彼は側にいないのよ。あるがままでいいんだよ、って言ってくれる彼は側にいないのよ。」
そう、彼は側にいない。
レディーの彼氏さんはどう言っているのか、聞きたかったが、聞きそびれた。
わたしだったら、どうするだろう?
わたしの場合、見せる相手がいないけど、
でも、相手がいたとしたら・・・、
新しい乳房ばかり褒められたら嫌だな、って思った。
帰りに落ち着いた佇まいの喫茶店に入った。
トイレを済ませてやっと人心地。
ケーキはモンブランを注文して、シナモンティーでいただいた。
とても美味しいケーキだった。
美味しいケーキ作りは、うちのお店の一番の課題だ。
帰り際に、レディーが
「今日はつき合わせてごめんね。」
と言った。
わたしが、
「何にも力になれなくて・・・」
と言うと、
「そんなことないわよ。決めたわ。やっぱり東塔だけの方がいいと思うの。ありがとうね。」
帰りの電車の中で、まだ見たことのないレディーの乳房のない胸を想った。
そして、彼を想った。
きっと彼なら、残った乳房よりも、乳房のない胸の傷跡の方にたくさんキスをするだろう、と。
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